ひとりごと・「清麿展」

    「清麿展」を観てきました。

先日の10月5日(土)、開催期間ぎりぎりで「清麿展」を観てきました。

佐野美術館(静岡・三島市)は少し遠いですが清麿刀50振りを一同で観ることは、中々経験出来ないので思い立ちました。

  

浜松辺りで、小雨が降出し嫌な感じでしたが、三島に着く頃は雨も上がり幸運でした。

 

展示内容は、清麿18歳~42歳まで24年間の作品が、年代順に展示してあり、彼の試行錯誤の挑戦と努力の跡が溢れ、作刀への気概に圧倒されました。

 

 

 兄・真雄との合作刀
 兄・真雄との合作刀

18~23歳(於:信州)

  最初期は、兄・真雄(河村寿隆門人)の

  影響で匂い出来の拳型丁子乱を焼いていますが、

  すぐに兄弟ともに、相州伝へ傾倒してゆきます。

 

 

23~27歳(於:江戸)

  軍学者・窪田清音の援助を受けて作刀に専念し、

  懸命に相州伝を目指しています。

  「武器講一百之一」の一振りを鍛えた翌年に、

  突然に長州・萩に出向きます。

  

  萩行きは諸説がありますが、

  解説では長州藩家老・村田清風が、窪田清音に

  依頼し、長州藩に招かれた様にありました。

  

  於萩城
  於萩城

28~30歳(於:萩)

  長州・萩では、以外にも備前・一文字風の作品が

  多かったです。

  解説によれば、長州藩士には相州伝の作品より、

  一文字風が好まれた様で、備前伝の作品が多くて、

  非常に驚きました。

 「康光」の様な締まった直刃に小足入りの作品も

  ありました。

 

  萩での駐槌は2年程で終わりますが、解説によれば

  後援の家老・村田清風の政治的失脚があり、

  止むを得ず信州に引き揚げた様です。

 

  号:一期一腰
  号:一期一腰

31~33歳(於:信州)

  一時故郷へ帰り、自分自身の目指す相州伝を

  懸命に試行しています。

 

33~41歳(於:江戸四谷)

  銘を「正行」から「清麿」に改め、私達のよく

  知っている非常に覇気のある「左文字」を目指し

  た作品で「四谷正宗」と称えられた所以です。

  本当に素晴らしい作品でした。

 

41~42歳(最終期)

  刃文は大きくて単調になり、銘の鏨は方向が乱れ、

  作刀に相当苦しみながらも、懸命に努力していた

  様子が伝わってきました。

  

  解説では、自決の原因は言及していませんでしたが、

  通説の様に「思い通りの作刀が出来ない」が、

  一番大きな要因だった様に感じました。

  一人宴で。
  一人宴で。

帰りは三島駅16:30だったので、先日TVで放映していた「港あじ鮨」と缶ビールの一人宴で帰りました。

 

 

この後「清麿展」は、信濃美術館(長野県)・萩美術館(山口県)・根津美術館(東京)の3か所を巡回します。

 

 

 

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炭焼き小屋の秋。  
炭焼き小屋の秋。  

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